凍苑迷宮図
         〜789女子高生シリーズ
 


      




畳まれていた怪しい一味は不審人物ということで、
事態収拾に駆けつけていた警視庁の担当捜査陣へ引き渡してから。
麻呂様への直接報告があるという良親とは駐車場で別れ、
1階ロビーまで上がって来た勘兵衛と佐伯の二人へと、

 「勘兵衛様、征樹様。」

少しほど奥向きの方から、伸びやかな声がかけられる。

 「久蔵殿が、ラウンジでお食事にしましょうって。」
 「シチ。」

征樹様もと、にっこり微笑う少女へ、
わざとらしく自分を指さし“え?俺も良いのかい?”と聞き返し、
ではお先にと足早にエレベーターホールへ向かって行った彼にしてみりゃ、
どんなに僅かでも
彼らへ二人きりの時間というもの
作ってやりたかったらしいというのが見え見えで。
こんな折でもそんなことへとマメな部下を見送りつつ、
勘兵衛がぼそりと呟いて。

 「…無茶をしおって。」
 「勘兵衛様には言われたくありません。」

判っておいでですか? 勘兵衛様って“公務員”なんですよ?と、
妙な怒り方をする七郎次がそのまま続けたのは、
まだ語ってなかった部分の彼女らの今日の行動と、
勘兵衛と逢えぬ間の彼女の心情のようなもの。

 「久蔵がその身の上を明かしてセレモニーにいるわけにも行かなくて、
  それでとホール係として潜入したんですよね。」

久蔵のお顔は、さすがにバイトを統括する担当者にもすぐ割れたものの、
爺様を驚かすのだと言い出す彼女には逆らえずの採用だったようで。

 「なので、あの子だけボーイ服という我儘も通ったのですが。」

そうして迎えた今日当日。
その久蔵が、準備の出入りでごった返していたバイトたちのたまりにて、
当日は別行動としていたはずの七郎次を見つけると、
有無をも言わさずホールへ連れ出した。
何だどうしたと訊いたのへ、態度であれと示した彼女の視線が示した先には、
体格の良い欧米人の傍らに控えていた警部補の姿があって

 「病院に収容されてはないらしいとは、
  ヘイさんにチェックしてもらってましたし。」

先程の“事情聴取”の中ではさらっと流した手際だが、
開示厳禁な秘匿事項満載という病院のデータベースへ潜入し、
リアルタイムの運用事情をあっと言う間に把握してしまえるハッキングというのは、

 “微妙に犯罪なんだがの。”

今のところは まだ法整備はされておりませんとか、
きっとムキになって言い返すのだろなと。
あの猫目の少女のお顔を想起しつつも聞いておれば、

 「ああそれじゃあきっと茶番だと、
  今あたっておいでの捜査のどこかで、
  隠し球みたいに暗躍なさる必要があるんだって。
  そうと自分を納得させてたところだったから…。」

ほっとしたと同時、
そうまでする必要のある何かが起きるのが
他でもないこのイベントなんだって、

 「久蔵殿やヘイさんと、気を抜かず頑張ろうねって。」
 「こらこら。」

そういう物騒なエールを送り合ってどうするかと、
精悍なお顔へ、何とも味のある苦笑を浮かべて見せる勘兵衛であり。
こちらはのんびりとした歩調で
エレベータゲージのあるホールまでをゆく二人。
ここいらの表側では、通常営業をこなしておいでのホテルJだったので、
1階2階の一部の棟に店舗のあるエステやカットハウス、
素晴らしい展望をオプションに
そちらは上階に店舗を構えるグリルなどへ向かわれる客層だろう、
手荷物も少なめで少々ハイソなおしゃれの決まった方々が、
チェックインクロークは素通りし、ロビーやホールへの行き来をしておいで。
そんな中にあってはあっさりと埋没しそうな地味な恰好だというに、
そんな方々からの視線や関心、
さわさわと引き寄せておいでな勘兵衛だというのが、ありありと判るので。

 “アタシの連れなんですよと、見せびらかしたいような……。”

ああでも、
なんであんな子、連れてるのかなって、
後妻の連れ子とか学校の教え子かなって思われてないかなぁなんて。
自慢に思う端から、微妙な気後れも沸いて来て。

 “自分がいかに愛らしい風貌か、
  どうしてこういうときに思い出せないものなのか。”

そちらはそちらで、
ちょっぴり意気消沈の気配を滲ませるお連れなのへ、
小首を傾げてしまう勘兵衛だったが。

 「…………お。」
 「〜〜〜。////」

小さなお手々が
こちらのスーツの二の腕、いやいや肘の辺りを、
ちょこりと掴む感触へと気がついて。
そういや昔々も、こうして
“並んで”というよりも微妙に後ろからついて来るよな
歩き方をしていた彼だったが、

 「逃げると不安か?」
 「  そんなんじゃあありません。//////」

かつての自分は、
部隊を率いていながら、時にはある意味 勝手な独断専行をも敢行し、
何とか帰還だけ出来たというよな無理が祟ってのこと、
あちこち身を削って戻ってはこの彼に叱られるような失態も、
幾つかやらかしたもので。
どんな難題を吹っかけても難無くこなしてついて来た彼は、
だが、そういうときだけはどれほど案じたかを吐き出すのも兼ねてか、

 “そりゃあこっぴどく怒鳴られもしたな。”

それでも、
こんな風に縛る真似だけは、たとい振りだけでも せなんだと思う。
まだまだ幼い少女という可憐な身だからか、
それとも、あの頃のような上下の境はない間柄だからという
一種 遠慮のなさから来るものなのか。
はたまた、

 “かつて以上に、信用をされてはない身だからかの。”

目の前、その腕の中へと囲われたそのまま、
勘兵衛が銃声に倒れたあの朝の彼女が、
どれほど怖かったかを知らしむる、
それは細かな震えようは、他でもない自分のこの手が実感している。
あんなに怖い想いまでさせておいて、
無茶ばかりしおってとこの子らを叱る資格、
自分にはないのやも知れないと、
くすぐったいものを感じつつ。
肘のあたりへ添えられた控えめな手へ、
自分の武骨な手を重ねた勘兵衛であり。

 「…………。/////」

たちまち含羞みから真っ赤になりはしたものの、
その手を引っ込めはしない少女とともに。
連れの待つ展望フロアまで、
春も間近い日和の中、ゆるゆると昇ってゆこうぞと
壊れものをいたわるよう、そおとエスコートする壮年殿だった。





   〜Fine〜 12.02.18.〜02.24.


  *何だか全編“理屈繰り”なお話になっちゃってすいません。
   色々と盛り込んだものの、
   書いてる途中で風邪の猛威に押し負けたもんだから、
   事件以外のところへの描写に力が入りにくくて……。
   ダメダメなおばさんを、どうかお許しくださいませです。


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